商業 に関するニュース


札幌中心部の商業施設、相次ぎ新カード導入 特典拡充
日本経済新聞
札幌市中心部の商業施設が相次ぎ新しい会員カードを導入している。消費不振が長引くなか、インターネットで書籍や服飾を購入するなど消費スタイルも多様化している。4月には札幌近郊に大型アウトレットモールが開業するなど、都心部からの顧客流出も予想される。 ...


青山学院大、「渋谷109」で営業戦略実践 東急電鉄と連携
日本経済新聞
青山学院大大学院は4月、東京急行電鉄と連携し、同社の商業施設SHIBUYA109(東京・渋谷)の営業戦略などを提案する科目を開講する。東急電鉄が施設概要や経営状況などに関する情報を提供し、学生がケース研究を実施、研究結果を報告する。 ...
「SIBUYA109」の消費者ニーズ研究などで、東急と青学が連携産学連携ニュース

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新しい御膳松交番、商業施設に初の移設 和歌山
MSN産経ニュース
業務開始は15日からで、同署によると大型商業施設内の交番は和歌山県内初という。 旧交番は昭和43年3月完成で築42年。老朽化が進み耐震基準を満たしていないうえ、国道と河川に挟まれているため、市民は利用しづらかった。このため移転先として、国道を挟んで東 ...


トヨタ:大規模リコール問題 米下院、11日に公聴会 監督当局を招請
毎日新聞
【ワシントン斉藤信宏】トヨタ自動車の大規模リコール(回収・無償修理)問題に絡み、米下院エネルギー・商業委員会の商業・貿易・消費者保護委員会は9日、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)のストリックランド局長らを招請し、11日に公聴会を開くと発表した。 ...
トヨタリコール問題、11日に米下院委で公聴会中日新聞
リコール強化策テーマ、11日に米下院公聴会読売新聞
米下院委、安全規制で11日に公聴会 トヨタは招かずSankeiBiz
47NEWS -日本新聞協会 Pressnet
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検証:中通再開発/3 商業施設 /秋田
毎日新聞
美術館のおみやげや県の物産販売を手がけ、県産品をPRしたい。24時間営業の飲食店も誘致したい」 中通1丁目地区市街地再開発事業で、集客の核とされる商業施設。運営を担う藤井明・秋田まちづくり株式会社社長(かおる堂社長)は力を込めた。 ...

商業 に関する質問

商業 県立岐阜商業と市立岐阜商業

今日、甲子園を見ていたら市立岐阜商業がやってました。岐阜県の甲子園の常連校として県立岐阜商業はよく聞くのですが、 市立岐阜商業は初めて聞きました。県岐阜商から市立岐阜商に高名変更したのですか?それとも県岐阜商と市立岐阜

  県立岐阜商業と市立岐阜商業の詳細


商業 「商業登記簿」と「法人登記簿」の違い

簡単でいいので教えてください。「商業登記簿」と「法人登記簿」の違いはなんですか?会社(株式会社・有限会社・合資会社・合名会社)の場合が「商業登記簿」、会社以外の法人の場合が「法人登記簿」ですか?(ちなみに起業するとか

  「商業登記簿」と「法人登記簿」の違いの詳細


商業 大阪でレベルの高い商業高校

中学の時から商業に絞って専門化して将来税理士になりたいとします。その場合、レベルの高い商業高校(簿記1級)専門学校と進むのが最短の道かと思うのですが、大阪で簿記など資格取得率の高い商業高校があれ

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商業 商業簿記と工業簿記は一緒に必須で取るのもですか?

ばかでごめんなさい商業簿記は商業用、工業簿記は工業用と察しはつきますが、必須で両方取るものですか?商業簿記は商業簿記で、工業簿記は工業簿記で別物の資格取得試験があり、選択できるものですか?

  商業簿記と工業簿記は一緒に必須で取るのもですか?の詳細


商業 情報処理科と比べて商業科の利点

僕は商業高校の内、商業科と情報処理科どちらの科目にするか迷い、商業科を選択しました。「どちらにせよ資格が取れる」というだけで、商業科でも情報処理科でもどちらでも良いという感じでした。しかし入試の時に面接があり、自分

  情報処理科と比べて商業科の利点の詳細


商業 旅行記

ストーリー(アルゼンチン編⑥)(by macteenさん)

商業
南の果て、ウシュアイアは、山の傾斜に位置する、こじんまりとした港町だった。

バスは、リオ・ガシェゴから十二時間ほど走り、夜が更け始めた頃、到着した。

バスを降りた僕は、バックパックを背負い、雪道を、一人で歩き始めた。アントニオは、いない。

アントニオは、難破船を見た後、リオ・ガシェゴに残ったのだ。

「この町に、雪山登山のスペシャリストがいるそうなんだ。おれは、どうしてもその人に会うべきなのだと思う。残念だけど、ウシュアイアへは、おまえ一人で行ってくれ」
 
ブエノスアイレスから1週間、旅を共にしたアントニオに、僕はなんとも表現し難い友情を感じていた。

1週間。それは、決して長くはない時間だ。
雑務で埋められた手帳の中では、消えてしまっても何の不自由もない1ページに過ぎない。
だが、アントニオと共に、パタゴニアを縦断した1週間は、僕にとっては消し去ることはできないものだった。

できることなら、彼と一緒にウシュアイアの地を踏みたかった。

しかし、アントニオは、あくまでも探検家だった。

パラグアイからアルゼンチンへ注ぐ大河をカヌーで下るために、ティエラ・デル・フエゴの尖った雪山を登るために、南米へやってきたのだ。決して、旅先で誰かと群れるためではない。

僕は、風が吹き荒れるパタゴニアで、車を待ちながら交わした、彼との会話を思い出した。

「おい」

「なんだ?食糧はまだやらないぞ。今食ったら、後で足らなくなっちまう」

「違う。そんなことじゃない」

「じゃあ、なんだ」

凍てつく風は、人の表情さえも凍らせる。アントニオの眉間にはしわが寄り、口は半開きになっていた。

「なんで、わざわざ会社をやめて、探検家になったんだ?」

彼は表情を変えなかった。風で、聞こえなかったのかと、思った。

だが、途端に真剣な顔になって、言った。

「決まってるだろ。世界中の女と寝てみたかったからだ」

この野郎、ふざけたこと言いやがって。

「くたばっちまえ」と僕は言った。

彼の口元が緩んだ。

「きっと、本望でないことに人生を費やすのが、恐かったんだろうな」


僕は、そんな彼の言葉を思い浮かべながら、静まり返ったウシュアイアの町をとぼとぼ歩いた。

ロンリープラネットの地図を街灯で確認しながら、路地を進み、宿を見つけた。

僕はそこで夜を明かした。ようやく、南の果てに、着いたのだ。


次の日、目覚めると、妙な違和感を覚えた。

腕時計を見て、その原因に気づいた。

朝九時半を過ぎているのに、まだ窓の外は暗いままだ。

向かい合わせのベッドにいる、白人の青年に話しかけた。起きたばかりなのに、やたらとベッド周りを整えている、几帳面そうな男だった。

「なぁ、今何時かわかるかい?」

「九時三十五分だよ」

「でも、そのわりに、まだ暗いじゃないか。おかしくないか?」

「君、ここをどこだと思ってるんだ。南の果てだよ。しかも真冬の六月だ。宇宙の中で、傾いた地球の尻がそっぽむいて、太陽がほとんど当たらない場所にいるんだよ。もうすぐ陽が昇るよ。太陽を拝めるだけ、有り難いと思わなくちゃ」

僕はようやく、自分が南の果てに来たのだと、実感した。
黒皮のジャンパーを羽織り、宿の外に出た。

闇の中から紫色の光が差し込み、赤味を帯びたグラデーションが空を染めていった。それまで見た事のない、独特の夜明けだった。


その日、僕は宿を変えた。なんとなく、宿の雰囲気が退屈だったからだ。

旅をしていると、「場所」が含蓄する空気のようなものに、敏感になる。

スラムに漂う危険な空気、観光客目当ての商業主義、よそ者を受け入れる寛容さがあるかどうか。

その宿には、日程を義務的にこなす欧米の観光客が多く、僕にとっては居心地がよくなかった。

ウシュアイアの町を歩いていると、町外れの丘を登ったところに、面白い宿を発見した。

いかにもDIY(自家製)な感じのする三階建てのロッジで、青くペイントされていた。手造りの案内板には、「Torre al sur(南の塔)」と書かれていた。


働いているのは、僕と同年代のアルゼンチンの女性二人だった。

リビングですれ違った旅人たちも感じが良く、僕はここに移ることに決めた。宿代は、一泊八ドル。

アルゼンチンの物価からすれば、他よりやや高いが、払う価値はあるだろう。

 
宿を変えたのは正解だった。

フレンドリーな管理人に、チルアウトな雰囲気、リビングでは二匹の猫が昼寝をしていた。

心地よいボリュームで、ビョークが流れていて、窓から眺めるひんやりとした雪景色に、妙にマッチしていた。

ここにいた旅行者は、みな気のいい連中ばかりだった。

宿には六人程度が泊っていたが、僕はその中の二人と親しくなった。

ジョアキムという、日本かぶれのフランス人に、カイオというブラジル人だ。

ジョアキムは、三島由紀夫とドラゴンボールについて熱心に僕に話した。

そして、カイオのことを「界王」と呼んで爽やかに笑った。

カイオは、ボディービルダーのような体格の、無口だが穏やかな性格の男だった。

一眼レフの高そうなカメラを持っていて、祖国ブラジルで撮ったお気に入りの写真を、僕に見せてくれた。


僕らは、雪で覆われたナショナルパークを歩き、数メートルもある氷柱を手に取ってフェンシングの真似をした。

次の日は世界最南端のゲレンデに行き、スノーボードに興じた。

また別の日には、氷の張った湖を、カヌーで進み、凍えるような思いをした。

夕方になると食材を買いに行き、共同のキッチンで、料理をした。

アルゼンチンでは肉が安い。スーパーに行くと、両手からこぼれそうな大きさの肉が、安値で買える。

カイオが大抵それらを料理し、僕とジョアキムはそれを手伝った。

僕が一度、インスタントの味噌汁を彼らに振る舞うと、彼らは微妙な顔をした。

「独特の、味だね」

言葉を濁らすジョアキムに、「正直にまずいって言えよ」と僕が言うと、「ごめん。あんまり好みじゃないや」と苦笑いをした。

社交辞令は、世界のどこにでもあるのだ。


そうした毎日を繰り返すうち、僕は宿に住み込みで働いているうちの一人、アナリアと仲良くなった。

彼女は、僕より一つ年下で、二十一才だった。

栗色のショートヘアーで、美人だが、南米の女の子にしては、控え目な表情をする。

ブエノス・アイレス出身で、都会の生活に飽き、ウシュアイアに来たようだった。

彼女は、英語が不得意だったので、僕は、ちぐはぐなスペイン語で会話をした。

「私にはね、日本人の血が流れてるの」そう彼女は言った。

彼女の曽祖父は、第一次大戦後、日本から南米へ移住し、アルゼンチンに住みついたのだという。

僕は、血というものを不思議に感じた。

僕は、日本人であるけれど、国籍に対する執着はない。

家族や親族という血縁関係は意識するけれど、「日本人の血」について深く考えたことはなかった。

歴史や政治によって勝手に決められた「国籍」、「ナショナリティ」など、あまり意味がないものだと考えていた。

だが、目の前にいる彼女に、日本人の血が1/8ばかり流れていると知っただけで、妙な親近感を覚えるのだ。

僕は南米に来て、ほとんど日本人に出会わなかったが、仮に出会っても、そんな感動は覚えなかっただろう。

見かけは全くのアルゼンチン人である彼女に、日本人の血が流れている。そんなことが、嬉しかったのだ。

カイオとジョアキムが宿を去ってから、僕は毎日アナリアと過ごした。

彼女は、こっそりと僕の宿代を浮かしてくれ、十日間過ごしたウシュアイアを去るときまで、別格の扱いをしてくれた。

地球の果てで、僕は、遠く離れた親戚に出会ったような気がした。

【旅行時期】2005/06/20~2009/06/20
【エリア】ウシュアイア
【テーマ】世界一周
【投稿者】macteen

鎮江 3つの山登りの旅(by rongさん)

商業
今まで、列車に乗った時に、電光掲示板で度々目にしてた「鎮江」の文字。
お酢の瓶にも書いてあって、お酢の旅!って、思い立って行った今回の旅。

ですが、調べ、行ってみたら、お酢以外にもたくさんの事を知ることができました!!


最近「中国自助遊」を買いました。中身は中国語だけど、日本語の本には載っていないような情報が載っているとおもわれます。オススメ。



鎮江の街は2500年以上の歴史を持っています。

鎮江といわれるようになったのは宋時代のころ。

三国時代、曹と項羽が度々奪い合いました。呉の孫権は城を築き、一時は都としたこともあるそうです。
マルコポーロは、東方見聞録のなかに、鎮江は商工業が盛んで物産が豊か と書いているそう。

鎮江の有名な山は三つあり、三つ制覇してきました!!
、、、なので足が筋肉痛です。。。いたぁーい。
でも素晴らしい旅でした。風景も。天気も!!

★見どころ★

1、金山寺
日本の室町時代の「雪舟」が訪れました。
天下第一泉もあります。


2、北固山
呉の孫権が城を築き、三国志の舞台に登場する山。北固山の甘露寺は、蜀の時代、劉備玄徳と孫権の妹が結婚したところと伝えられています。
天下第一江山と呼ばれているようです。


3、焦山
1500年以上の歴史をもっている定彗寺があります。
長江に浮かんでいる島です。


4、英国領事館旧跡
アヘン戦争終わってから香港、南京、鎮江が租界地に。
関東軍、将介石の時代は江蘇省の首都は鎮江でした。
今は鎮江博物館になっています。


5、西津古渡街
唐、宋、元、明の時代の町並みが再現されています。
私は今回、この1600年前の道の中にあるホステルに泊まりました。とーーってもいい雰囲気。
タイムスリップした気分!


★鎮江の名称の変遷★
朱方、谷阻、丹徒、京口、南除州、延陵、潤州。
1929年国民党が江蘇省南京へ政府を置いたとき鎮江県となって、解放後鎮江市になる。

★三国時代200~280★
魏:曹操の子曹丕・洛陽、呉:孫権・建業、蜀:劉
備玄徳・成都


6、南門大街夜一
多分、夜にしかできない歩行街。
賑わってた。


7、中山東路商業街
街の中心。デパートなど大型店舗が並ぶ。


8、風味小吃(特色料理を食べる!)


9、宴春飯店
有名らしいので、見に行きました。


とまぁこんな感じのポイントで、旅をしてまいりました。

よかったら覗いてみてください★☆

【旅行時期】2009/04/11~2009/04/12
【エリア】鎮江
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】rong

中国悠久3000年の旅(12)泰山前夜ー3、麓の人々。(by ちゃおさん)

商業
泰山と共に生きる人々は何も参道に囲繞している土産物屋だけではない。泰山のある大安市の人口だけでも60万人を越えている。市街地には多種多様な産業、商業が発展し、この山の麓も、綺麗な公園に整備されている。

夕方近い遅い時間。幾つかある公園の内、一天門の直ぐ下に広がる広大な公園「虎山公園」を散策する。

中国の優雅さは大体どこの土地でも共通に見られるが、ちょっとした高台の上には東屋が建っていて、一休みできる物見台になっている。

又、湖沼などの見晴らしの良い場所には浮き身亭などが作られていて、湖面の涼風、鯉、フナ、亀などの淡水魚との触れ合い、などなど、日本の伝統にはないような優雅さがある。

この公園にも丘、湖、沈亭と三点セットは揃えられていて、あまつさえ、遊園地、ローラースケート、などの遊戯施設なども備わっている。

人々はどこからやって来るのか、バイクに幾つものポリタンクを載せ、井戸水を汲みにきている。「泰山の霊水」を求めに市内からやって来ているのだろう。

泰山から流れ落ちる川水を貯水している大きな湖。「泰山湖」。井の頭の池の数倍程もある大きな貯水湖の中で、よく見ると何人かが遊泳している。3月、まだ外気は少しばかり寒さを感ずる中で遊泳とは元気なものだ。しかも広い湖を悠然と泳いでいる。

日本では真冬の一日、寒中水泳と称して、裸で海に飛び込む行事が各地であるが、ここでは真冬でも毎日氷の張らない日は今日のように悠然と泳いでいる。「寒中水泳倶楽部」。

学術も技術も精神健康面も中国人は日本人のもう既に遥か先を行っているようだった。


【旅行時期】2009/03/20~2009/03/25
【エリア】泰山
【テーマ】
【投稿者】ちゃお

UAE駆け足旅行 ドバイ編(by yumenotabitoさん)

商業
+孫達が住んでるドバイ、日本の某社ごまかしオーバー報道で日本人社会は大変らしい。しかしドバイの自然環境と現在建設した観光用遺産は今後の観光には大いに役に立つとおもいます。
親の転勤にまでに行っておこうと・・。
遠くに今は世界一高いビル、バール・ドバイそれに港、エンジンの少し上に寂しく停泊してるのは、あのQEⅡです。

飛行機の下辺りがドバイの発祥地で落ち着いた初期の商業地でもあり住居地でもあります。新興国のように思っていますが、日本など到底及ばない古代文明圏であったようです。高層ビル群はかなり離れています。そのまだ向こうにリゾートホテル群があります。

【旅行時期】2009/03/02~2009/03/12
【エリア】ドバイ
【テーマ】
【投稿者】yumenotabito

トルコ旅行の紀行文(by 風 魔さん)

商業

2008年6月・ カッパドキア・らくだ岩

私は、2007年12月この旅行サイトに登録してから、まだ一度も旅行記を書き込みしておりません。 (2008年10月記)

最近1年間の海外旅行の渡航先は次のとおりです。

1.2007年11月(10日間 ) … 地中海クルージング(スペイン.フランス.イタリア)
 













乗船…ボイジャーオブザシーズ号

2.2008年1月(6日間 ) … バリ島観光(すべて自由行動で、観光地めぐり)
 












宿泊… ザリッツカールトンホテル

3.2008年6月(13日間 ) … トルコ周遊旅行(国内3分の2ほど観光し、ホテルは2連泊づつで、日本人添乗員と現地ツァーガイド

が同行して、世界遺産、歴史・文化遺跡 をゆっくり見学)

私は、この1年間で、およそ1ヵ月間海外旅行に行ってきました。今後は、旅行先で思ったこと、感じたことをこのサイトで情報を発信してゆくつもりです。とりあえず、直近の6月に訪ねたトルコの「紀行文」から紹介します。
(これは私が、「静岡新聞の読者投書欄」に旅行の紀行文を、投稿し掲載されたもの)

[ トルコ旅行の行程
] 

*2008年6月14日~26日・13日間

* トルコ国内の約3分の2を周り、バスの走行距離:1825km
 ( 移動手段 : ⇒飛行機 →バス )

*イスタンブール⇒ イズミール
→  クシャダス →
           







   

  
     
(ホテル 2泊)























 パムッカレ  → アンタルヤ → コンヤ → 
 (ホテル 1泊)   (ホテル 2泊)  
(ホテル 1泊)
 カッパドキア → アンカラ  ⇒   イスタンブール
 (ホテル 2泊)     


      

 (ホテル 2泊)

    
     「ゆとり満ちたトルコの人々」

私は、最近トルコへの観光旅行を通して、日本との社会、文化、生活環境の相違点などを見聞し、さまざまな思いにとらわれました。まずトルコは、経済的に第一次(農林・漁業)、第三次(観光などのサービス業)産業主体の社会構造であり、産業生産分野での工場、製品運搬のトラック等が少ないので、大気は澄みわたり雲ひとつない紺ぺきの空など、大自然がそのまま残っていました。バスの移動では、40~50キロ先まで全視界岩山、低木のみの遠景が望まれ、昔のラクダの隊商が、今日は「あの山のふもとまで」と一日の行程を決めて旅したと思うと、なにか心まで大きくしてくれました。また、日中路上の木陰のテーブルには、チャイ(紅茶)を飲む男性が多数いて、のんびりした時間を過ごしていました。そして、トルコでは「小学生の自殺がない」というツァーガイドの言葉は、ゆとりのある生活のあらわれだと思いました。一方、日本のように「マネー」主体の商業主義が便利な社会をつくり上げたが、はたして私たちは、本当に「ゆとりある幸せな生活」を送っているのでしょうか。町や村の「イスラム教」のモスクからは、定時にコーランの祈りが流れ、屋根の上にはコウノトリの巣があり、暑い中懸命に子育てしている親鳥の姿が印象的でした。




【旅行時期】2008/06/14~2008/06/26
【エリア】イスタンブール
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】風 魔

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... 繊維産業が低迷する中で、名神高速・一宮ICに近い立地条件を生かし、大規模商業施設に再整備する計画。すでにイオングループやイケアジャパンなど複数社が、進出に名乗りを挙げている。今年度から組合員の同意を得ながら、一宮市など行政当局とも連携して ...

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おはよーー高知商業前

なんかコミカルな木だ! 晴れた! 続きをみる 『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』

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